研究活動

日本口臭学会雑誌に論文掲載決定

- 平成22年 2月 -

日本口臭学会雑誌にて福岡歯科大学・たなべ保存歯科・わかもと製薬(株)・九州大学との共同研究、「Lactobacillus salivarius WB21 株を利用したプロバイオティクスの口臭改善効果」の論文掲載が決まりました。

日本口臭学会

日本口臭学会
[外部リンク]
http://www.jams-site.jp/

Lactobacillus salivarius WB21 株を利用したプロバイオティクスの口臭改善効果

1)福岡歯科大学総合歯科学講座総合歯科学分野
2)たなべ保存歯科
3)わかもと製薬株式会社研究開発部相模研究所
4)九州大学大学院歯学研究院口腔保健推進学講座
5)福岡歯科大学総合歯科学講座高齢者歯科分野

岩元知之1)、鈴木奈央1)、米田雅裕1)、田邊一成2)、平田晴久3)、中谷清吾3)、竹下 徹4)、内藤 徹5)、 山下喜久4)、山田和彦1)、岡田一三1)、畑野優子1)、桝尾陽介1)、藤本暁江1)、廣藤卓雄1, 5)

責任著者連絡先: 鈴木奈央
〒814-0193 福岡市早良区田村2−15−1 福岡歯科大学総合歯科学講座総合歯科学分野
Tel: 092-801-0411, FAX: 092-801-4909, E-mail address: naojsz@college.fdcnet.ac.jp

[要旨]
乳酸菌は、しばしばヒトの健康に有益な効果をもたらすプロバイオティクスとして利用されるが、口臭症におけるプロバイオティクスの効果については、ほとんどわかっていない。本研究では、乳酸菌の口腔内投与が口臭および口臭に関係する臨床因子に変化をもたらすか否かを評価した。 真性口臭症患者9 名に、毎日2.0 × 109個のLactobacillus salivarius WB21 株とキシリトールを配合した錠菓を摂取するように指示した。つづいて2 週間後と4 週間後の同時刻に、食事と口腔内清掃から少なくとも5 時間経過した同条件で、口臭測定と口腔内診査を行った。 その結果、唾液中のL. salivarius DNA の検出において、ベースライン時には5 名が陰性だったが、2 週間後には9 名全ての患者が陽性になった。また、官能スコア、総揮発性硫黄化合物濃度、硫化水素濃度、メチルメルカプタン濃度が有意に減少した (p<0.05)。これに対し、ジメチルサルファイドと水素のレベルには変化が認められなかった。口腔内所見では、2 週間後にプロービング時出血 (%) の減少と刺激唾液量の増加がみられた (p<0.05)。舌苔付着量、歯周ポケット、唾液潜血、歯周病原細菌の検出については、変化がみられなかった。2週間後と4 週間後の間では、全てのパラメータに大きな変化はみられなかった。プロバイオティック乳酸菌の口腔内投与は、効果的に口臭を改善し、歯周炎に対しても有効であることが示唆された。

Abstract: Lactobacilli are frequently used as probiotics to induce a beneficial effect for human health, but little is known about the effect of probiotics on oral malodor. This study evaluated whether the oral administration of lactobacilli could change oral malodor and the clinical condition associated with oral malodor. Nine patients with genuine halitosis were given 2.0 × 109 Lactobacillus salivarius WB21 and xylitol in tablets daily. Oral malodor and clinical parameters were evaluated at the same time of day for each patient after 2 and 4 weeks, at least 5 hours after eating and mouth cleaning. All 9 patients were positive for L. salivarius DNA in their saliva at 2 weeks, although 5 patients had been negative for this organism at baseline. Organoleptic test score, the concentrations of total volatile sulfur compounds, hydrogen sulfide, and methyl mercaptan had decreased significantly at 2 weeks (p<0.05). The levels of dimethyl sulfide and hydrogen did not differ. Bleeding on probing (%) had decreased significantly and the volume of stimulated salivary flow had increased significantly (p<0.05), whereas tongue coating score, probing pocket depth, occult blood in saliva, and the detection of periodontopathic bacteria remained unchanged. Between 2 and 4 weeks, all parameters did not change significantly. Oral administration of 3 probiotic lactobacilli successfully reduced oral malodor and may have beneficial effects on periodontal inflammation.

[緒言]
プロバイオティクスは、「消化管内の細菌叢を改善し、生体に利益をもたらす生きた微生物および微生物代謝物を含む製品」と定義され、抗菌薬やワクチンに替わる新しい疾病の予防、改善方法として注目されている。口腔内へのプロバイオティクスの利用とその効果については、唾液緩衝能の回復、ミュータンスレンサ球菌と真菌の減少、歯周病の症状軽減、歯肉縁下プラークの歯周病原細菌の増殖抑制などの報告がある1,2)。

口腔内における代表的なプロバイオティクスはLactobacillus 属とBifidobacterium 属である。Ishikawa らは、ボランティアを対象にしたL. salivarius TI2711 (LS1) 株の服用実験で、4 週間で唾液の黒色色素細菌数の減少とpH の中性化がみられたことを報告している3)。また本研究で使用したL. salivarius WB21 株については、ボランティアを対象にした服用実験で、喫煙者における歯周病の症状改善、歯肉縁下プラークの全菌数と歯周病原細菌Tanerella forsythensis の減少が確認されている4,5)。歯周病は口臭の原因であることから、本菌の服用により口臭の改善が期待されるが、口臭症に関するプロバイオティクス研究はほとんど行われていない。

口臭の主な原因物質は、硫化水素、メチルメルカプタンなどの揮発性硫黄化合物 (volatile sulfurcompound, VSC) や酪酸、イソ吉草酸などの低級脂肪酸である。これらのガス成分は、口腔内に棲息する嫌気性菌が歯垢や舌苔に含まれるタンパク成分を分解することによって発生すると考えられ、有力な歯周病原細菌Porphyromonas gingivalis, Prevotella intermedia, Fusobacterium nucleatum, Treponemadenticola などは高い産生能を有する6,7)。VSC や低級脂肪酸は不快な臭気とともに生体組織にとっての有害物質としても知られる。歯周病原細菌に働きかけ、歯周病の症状を改善するプロバイオティクスの口腔への利用は、口臭改善と口腔の健康維持に有益であることが期待される。

国際口臭学会による口臭症の分類では、まず実際に悪臭が感知される真性口臭症と精神的要因の大きい仮性口臭症と口臭恐怖症に大別される8)。真性口臭症は、病的口臭と生理的口臭に分類され、病的口臭はさらに口腔由来と全身由来に区別される。生理的口臭は口臭の原因となる疾患や器質的変化を認めない、誰にでも起こりうる口臭のことを指す。口の乾燥や口腔衛生不良時に発生しやすく、生理的口臭に対しては主にカウンセリングと口腔清掃指導をおこなう。口腔由来病的口臭に対しては、カウンセリングと口腔清掃指導に加え、歯周病や病的舌苔、歯内治療など、口臭の原因となる疾患の治療が必要になる9)。

このように、口腔由来の口臭は口中に増殖した嫌気性菌の産生するアミノ酸代謝産物であり、治療のゴールは良質な口腔細菌叢の獲得であると云える。そこで本研究では、真性口臭症患者を対象としてL. salivarius WB21 株配合錠菓の服用実験を行い、プロバイオティクスの口臭と口臭関連因子への影響を評価した。

[方法]
1. 被験者と摂取スケジュール
本研究は福岡歯科大学・福岡医療短期大学倫理委員会の承諾を得て行った (許可番号 第125号)。対象者は2008 年7 月から11 月にまでに福岡歯科大学医科歯科総合病院口臭クリニックを受診した口腔由来の真性口臭症患者9 名である (男性4 名、女性5 名、平均年齢50.9 ± 12.1 歳)。L. salivarius WB21株とキシリトールを配合した錠菓 (わかもと製薬株式会社) を一日3 回毎食後に溶けるまで口腔内で舐めるように指示した。3 錠に含まれるL. salivarius WB21 株は2.0 × 109 CFU、キシリトールは840 mg である。実験開始前日 (BL)、開始2 週間後 (2W)、4 週間後 (4W) の同時刻に、食事と口腔清掃より5時間以上経過した条件で、口臭測定と口腔内診査を行った。実験期間中に口腔清掃習慣を変えないよう指示した。また、実験期間中の抗菌薬服用と専門的口腔清掃を禁止した。

2. 口臭レベルの評価
口臭レベルの評価は、官能検査とガスクロマトグラフィー (model GC14B; Shimadzu Works, Kyoto, Japan) を利用して行った。官能検査は、臭い袋 (GL Science, Tokyo Japan) に回収した1 l の口気について、スコア0 から5 までの6 段階で評価し (表1)、3 名の評価者の平均スコアを記録した。ガスクロマトグラフィーによる揮発性硫黄化合物 (volatile sulfur compound, VSC) の測定では、被験者に30 秒間口を閉じるよう指示し、10 ml の口気をシリンジで回収し、70℃のクロマトグラフィーカラム (25% β, β, 9-oxydipropionitrile on a 60 80 mesh Chromosorb W A W-DMCS-ST device, Shimadzu) に注入した。各VSC濃度は、予め準備した標準曲線を利用して算出した。水素濃度はHCMアナライザー (ABIMEDICAL, Osaka, Japan) を利用して測定した。ディスポーザブルシリンジを口に含み口を閉じて30 秒後に1 ml の口気を回収し、装置に挿入した。官能検査のスコア2 以上または総VSC 濃度2.5 ng/10 ml mouth air 以上を真性口臭症とした。

3. 口腔内診査
口腔内診査は口臭の評価と同時に、以下の項目についておこなった:歯数、う蝕数、修復物数、動揺歯、歯周ポケット (periodontal pocket depth, PPD)、プロービング時出血 (bleeding on probing, BOP)、舌苔付着量、刺激唾液量、唾液潜血。PPD とBOP には6 点法を利用した。舌苔付着量のスコア (tonguecoating score, TCS) は開口して舌をできるだけ前方につきだした状態で、湿潤下で視診にて行った。小島の分類10)に準じて次のように0 から4 までの5 段階で評価した。

0: 舌苔を認めない
1: 舌苔付着範囲が舌後方1/3 程度の薄い舌苔
2: 舌苔付着範囲が舌後方2/3 程度の薄い舌苔、もしくは舌後方1/3 程度の厚い舌苔
3: 舌苔付着範囲が舌後方2/3 以上の薄い舌苔、もしくは舌後方2/3 程度の厚い舌苔
4: 舌苔付着範囲が舌後方2/3 程度以上の厚い舌苔

刺激唾液量はガムテストを実施して5 分間の回収量を記録した。唾液潜血試験は5 倍希釈の刺激唾液に対してペリオスクリーン (Sunstar, Osaka, Japan) を利用して評価をおこなった。口腔由来病的口臭の判定基準は、PPDe"5 mmまたはTCSe"3 または刺激唾液量<2 ml/5 min とした。

4. 細菌学的解析
L. salivarius の検出にはPCR 法を、菌数についてはリアルタイムPCR 法を利用した。L. salivarius の特異プライマーの配列を以下に示す: 5’-CGA AAC TTT CTT ACA CCG AAT GC-3’ (forward), 5’-GTC CAT TGT GGA AGA TTC CC-3’ (reverse), 増幅断片の大きさ332 bp11)。唾液からのDNA 抽出には、機械的破砕法を利用した。すなわち、500 μl の刺激唾液に等量のリン酸緩衝液 (phosphate-buffered saline, PBS) を加え、12,000gで10分間遠心して細菌DNAを回収し、続いて300 μl lysis buffer (50 mM Tris/HCl, pH 8.0; 1 mM EDTA; and 1% SDS), 0.3 g のzirconium beads, 直径3-mmのtungsten carbide bead を添加し、100°C で10 分間熱変性を行った。その後、Disruptor Genie cell disrupter (Scientific Industries, Bohemia, NY, USA) を利用して、室温で3 分間機械的破砕を行った12)。さらに300 μl の1%SDS を加えて70°C で10 分間変性させた後、フェノール/クロロホルム抽出を繰り返し、100% ethanol にて細菌DNA を沈殿させ、100μl TE (10 mM Tris/HCl, pH 8.0 and 1 mM EDTA) で再懸濁した。PCR 法の各反応液の構成は、0.25 mM deoxynucleotide triphosphates, 10 × PCR buffer、5 U Ex Taq ポリメラーゼ (TaKaRa Bio, Shiga, Japan)、2 μM の各プライマー、2 μl の鋳型DNA である。反応にはTaKaRa PCR thermal cycler (TaKaRa Bio) を利用して、以下の条件で反応を行った。94°C 2 分の酵素活性化の後、94°C 10 秒、58°C 15 秒、72°C 1 分を30 サイクル、最後に72°C で2 分間伸張反応を行った。増幅産物は、電気泳動後に0.5 μg/ml のエチジウムブロマイドで染色し、紫外線照射下で写真撮影を行い、確認した。L. salivarius のリアルタイムPCR による定量解析はQuantiFast SYBR Green PCR Kit (QIAGEN, Hilden, Germany) のプロトコルに従い、StepOne Real-Time PCR System (Applied Biosystems, Foster City, CA, USA) を利用して行った。反応条件は、95°C 10 分に続き、95°C 3 秒、60°C 30 秒を40 サイクル繰り返した。絶対菌数はL. salivarius WB21 (1.0 × 108 CFU/ml) の段階希釈液を利用して作製した標準曲線をもとに算出した。VSC 産生菌であるP. gingivalis, P. intermedia, T. denticola, F. nucleatum ならびに全菌数の定量解析にはBML (Tokyo, Japan) の歯科検査サービスを利用して、インベーダー法あるいはPCR-インベーダー法を用いて行った。

5. 統計学的解析
実験開始前のベースライン (BL) とL. salivarius WB21 株服用開始より2Wならびに4Wの口臭パラメータ、臨床パラメータ、細菌パラメータの比較検討には、chi-square test、unpaired t-test あるいはWilcoxon-Mann-Whitney test を利用した。すべての統計学的解析にSPSS statistical software package (release11.0 J; SPSS Japan) を利用した。

[結果]
1. 対象者のベースライン (BL) の特徴
対象者の平均歯数、う蝕数、修復物数の平均値はそれぞれ26.9 ± 2.1 (24-31)、0、13.9 ± 4.0 (7-19) であった。9 名のうち6 名がPPDe"5 mmを有していたが動揺歯はなく、歯周炎の急性症状はなかった。9 名の被験者の官能検査スコアはすべて2 以上であり、真性口臭症と診断した。そのうち5 名がPPDe"5 mm、1 名がTCSe"3、1 名がPPDe"5 mmおよびTCSe"3、1 名が刺激唾液量<2 ml/5 min であり、これら計8 名を口腔由来病的口臭、残り1 名を生理的口臭と診断した。30 歳女性の生理的口臭患者は口腔清掃状態も良好であったが、総VSC 濃度が14.25 ng/10 ml mouth air であり、口腔由来病的口臭群の平均8.7 ± 5.8 ng/10 ml mouth air (1.98〜15.3) に比較して高めであり、特に硫化水素濃度が10.0 ng/10 ml mouth air と高かった。男性1 名に喫煙習慣があったため、煙草のにおいによる口臭判定への影響を考慮し、検査日には食事と口腔清掃と同様、少なくとも5 時間喫煙しない条件で口臭判定と口腔内診査をおこなった。

2. L. salivarius WB21 株配合錠菓の服用による変化
実験期間中、被験者7 名に口臭の改善傾向がみられた。図1 に総VSC 濃度の変化を示す。総VSC濃度は2W後の測定で顕著に減少し、BL との間に統計学的有意差が認められた。2W後と4W後とは大きく違わず、個体別にあるレベルまで減少した後は維持されることが示唆された。またL. salivarius WB21 株の口腔内定着を確認するためにPCR を利用した定性解析をおこなったところ、BL 時には9 名のうち5 名の唾液サンプルがL. salivarius DNA 陰性だったが、2W後にはすべての対象者が陽性を示した。リアルタイムPCR を利用した定量解析では、2Wで顕著なL. salivarius の増加が認められ、4W後は2W後に比較してやや減少を示した (図2)。

表2 に口臭パラメータと水素ガス、口臭関連因子、細菌数の平均値の変化を示す。口臭パラメータのうち、官能検査スコア、硫化水素、メチルメルカプタン、総VSC 濃度は2Wで減少し、BL との間に統計学的有意差が認められた。2Wと4Wのあいだに大きな変化はみられなかった。ジメチルサルファイドと水素については、実験期間中に変化はみられなかった。口臭に関連する臨床所見では、2W後のBOP (%) がBLに比較して統計学的に有意な減少を認めた。一方、刺激唾液量には増加傾向がみられ、2Wと4WはBL に比較して有意に多かった。BL 時に1 ml/5 min の刺激唾液量であった患者は、2Wにおいても1 ml/5 min であったが、4Wの測定では5 ml/5 min に増加した。また口臭についても大きな改善がみられ、総VSC 濃度 (ng/10 ml mouth air) が 3.2→1.8→1.0 (BL→2W→4W) と減少し、2Wには嗅覚認知閾値である2.5 ng/10 ml mouth air 未満に達した。

細菌学的パラメータについては、今回標的とした歯周病原細菌ならびに全菌数に関して定量的変化はみられなかった。L. salivarius の菌数は2Wで顕著に増加し、4W後にはやや減少傾向を示した。

[考察]
本研究では、歯周病の定義をPPDe"5 mmを有する者とし、6 名を歯周病口臭患者と診断した。メチルメルカプタンは低濃度でヒトの嗅覚閾値に達することが知られており、歯周病口臭では特にメチルメルカプタンが硫化水素より優位であると考えられている13)。本研究より得たデータにおいてもメチルメルカプタン/硫化水素比はPPDe"5 mm群で4.1/4.8、TCSe"3 かつPPD<5 mmの患者で0.4/1.1、刺激唾液量<2 ml/5 min の患者で0.43/2.8、生理的口臭患者で3.7/10 であり、歯周病口臭群に明らかに高いメチルメルカプタン比率が認められた。

L. salivarius WB21 株配合錠菓の服用によって、2Wで官能検査スコア、総VSC、硫化水素、メチルメルカプタンの著明な改善が認められた。しかしながら4W後は2W後と大きく変化せず、個体別にあるレベルでプラトーに達することが示唆された。これに対してL. salivarius の定量解析では、唾液中の菌数は2Wで顕著に増加し、4W後は2W後に比較するとやや減少を示した。本菌は過去の臨床研究においても口腔内定着後に減少することが報告されており4)、L. salivarius が自ら産生する乳酸で死滅するためであると考えられている。このような唾液中のL. salivarius 菌数と口臭レベルの逆相関関係からも、本菌の口臭抑制作用が示唆される。実験期間中に、官能検査では嗅覚閾値であるスコア2 未満まで口臭が改善したが、VSC については嗅覚閾値まで減少しなかった。VSC 濃度に比べて官能検査スコアが弱くなった理由として、対象者数が少ないため平均値に個体差が影響した可能性に加えて、官能検査における主観的評価を考慮する必要もあり、L. salivarius WB21 株配合錠菓の口臭抑制効果をより明らかにするためには、今後プラセボを利用した二重盲検法をおこなう必要があるだろう。また今回は錠菓のみの変化であるので、積極的な歯周病治療や舌苔刷掃を含む口腔清掃指導や専門的歯面清掃などを併用することにより、VSC は閾値以下まで改善すると予想される。ジメチルサルファイドと水素については実験期間中に変化はみられなかった。ジメチルサルファイドは口腔以外の原因と関係すると考えられており、口腔由来の口臭との関連性は低いとされる。水素ガスは個体別に実験期間中ほとんど変化がみられなかった。本研究のように食事、口腔清掃、測定時刻を統一した場合に、安定した値を示すのかもしれない。

刺激時唾液の少ない患者において顕著な唾液の増加と口臭の改善が認められた。口腔乾燥はVSC やそのほかの口臭ガスの発生を誘導すると考えられており、我が国では安静時唾液が少ないとVSC 発生に影響することが報告されている14)。我々はこれまでに口臭患者の集団解析において、刺激時唾液と強い口臭の間に関係が認められないことを報告した15)。健常の範囲であれば刺激唾液量と口臭との間に相関性はないが、本症例のような極度の刺激時唾液の低下は口臭発生に関係するのだと思われる。唾液中の歯周病原細菌数および全菌数に関しては実験期間中に変化がみられなかった。これまでに、L. salivarius の服用により歯肉縁下プラーク中の歯周病原細菌が減少するという報告がある2)。そのメカニズムとして、本菌の産生する乳酸とpH の低下によってP. gingivalis の殺菌が引き起こされることが、in vitro 実験によって明らかにされている16)。口臭は主に舌苔や歯周ポケットの嫌気性菌によって産生されるガスであることから、舌苔や歯周ポケットにおける細菌の変化や、ほかの口臭関連細菌あるいは細菌叢に変化についても検討する必要がある。現在、細菌叢全体の変化を把握するために、terminal restriction fragment length polymorphism法を利用して多様性解析をすすめている。

L. salivarius WB21 株配合錠菓を使用したことによる口臭の自覚の変化を尋ねたところ、「改善したと感じる」が1 名、「わからない」が5 名、「変化がないと感じる」が3 名であり、自覚と実際の口臭にはずれがみられた。しかしながら「わからない」と答えた者のうち、「家族から改善したと云われた」が2 名、「喉の渇きがなくなった」「唾液が増えた気がする」と口腔内環境の改善を感じている者が各1 名いた。口臭は自分ではわかりにくいため、相手のしぐさや口腔内感覚を自己診断の基準にすることが多い。患者自身が口臭改善を実感し、口臭への精神的な囚われから解放されるまでには少し時間が必要であると思われ、こうした患者の心理面への対応についても検討する必要がある。

[結語]
乳酸菌L. salivarius WB21 株配合錠菓の継続摂取により、口臭の改善とプロービング時出血部位の減少、刺激時唾液の増加が認められ、口臭のコントロールや口腔内の健康維持における本菌のプロバイオティクスとしての有用性が示唆された。

[謝辞]
本研究は主として文部科学省研究費補助金、先端科学研究センター研究費補助金、三井住友海上福祉財団の研究助成を受けて行いました。ここに感謝の意を表します。

[参考文献]
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